バベルの塔は何の象徴か 4chan史学板で神話解釈が論争に
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4chanの歴史板『/his/』で、旧約聖書に登場するニムロデとバベルの塔の物語を巡るスレッドが伸びていた。スレ主は「人類が外部から押し付けられた限界を拒んだ物語だ」と解釈したが、これに対し「そもそも神は『不可能なことは何もない』と言っており、限界など最初から無かったのでは」という反論が続いた。以降のレスでは、塔の物語を史実の反映と見るか単なる比喩(アレゴリー)と見るかで意見が割れ、「ヘッドカノン(個人的な解釈)」という言葉をどこまで聖書解釈に使ってよいかという用語論争にまで発展した。
その『限界』って何のこと?そもそも彼らが高い塔を建てようとしたのは、実際には物理的な上限なんて無かったからで、遠くからでも見えるようにして、みんなが集合場所を分かるようにしたかっただけじゃないの?
『よく考えてみろ』って何を?お前の話、OPの主張と完全に矛盾してるじゃん。塔を建て始めた時点で限界なんて無かったし、勝算がないどころかむしろ逆だったって認めてることになるぞ?
『物語の中の象徴が理解できないから、代わりに自分で勝手にでっち上げた年表を現実として押し付けて、明らかに神話的な話をバカにすることにするよ』ってことね
この話は間違いなくユダヤの神話だけど、それでも何らかの史実を反映してはいる。神話(聖書というユダヤ神話集も含めて)って大抵そういうものだろ。
象徴的な意味だってヘッドカノン(個人設定)みたいなもんじゃないか
違うね。OPも俺も、その象徴に現実の史実的根拠があるなんて主張はしてない。だから『カノン』じゃなくて『寓意』なんだよ。
『神話の中の象徴は実は史実そのものなんだけど、物語に書かれてる事実は間違っていて、本当はこう書かれるべきだった。なぜなら俺がそうあってほしいから』って考え方のほうが、象徴に意図された意味があると考えるより指数関数的に滑稽だと思うが。
これは人間が自分自身を神・神的存在に変えようとすることの比喩だよ。文字通り超高い塔を建てたところで、行き着く先は宇宙であって、『天国』という霊的次元じゃないのは当たり前だろ。
『ヘッドカノン』って言葉は史実的根拠があるかどうかとは関係ないよ。ヘッドカノンってのは、フィクションの物語に対する個人の解釈のことを指す言葉なんだから。
『ヘッドカノンってのは伝統的に史実として認められているものから外れたことを表す軽蔑的な言い方だ』というのは違う。ハリー・ポッターのファンにもヘッドカノンはあるけど、それは物語の史実性(というかその不在)を疑ってるわけじゃない。
『外部から』というけど、内部からでもあるよ。これはエデンの園の話の繰り返しで、人間が許される前に高みに手を伸ばして、自分たちの自然な発展を台無しにするリスクを冒すという話。
でもさ、ヤハウェが『ヤハウェが言った』って言ったって、本当に言ったのか?
ヤハウェが『ヤハウェが「ヤハウェが言った」と言った』と言ったのか?
この話題の背景と論点
バベルの塔の物語は旧約聖書『創世記』11章のエピソードで、天まで届く塔を建てようとした人類が神によって言語を混乱させられ、世界中に散らされたとされる。伝統的には人間の傲慢への裁きとして読まれる一方、実在した都市バビロンのジッグラト(聖塔)を反映した伝承だとする歴史的解釈もある。スレでは、この物語を「史実の反映」とみるか「比喩(寓意)」とみるかで意見が分かれ、さらに「ヘッドカノン」という、本来は二次創作ファンの間で「個人的な設定・解釈」を指す言葉を聖書解釈にどこまで当てはめてよいかという用語論争にまで発展した点が特徴的。結論は出ておらず、最後は「ヤハウェが言った、とヤハウェが言った、とヤハウェは言ったのか」という言葉遊びのジョークで締めくくられている。
※本記事は海外掲示板 4chan /his/ (History) のスレッド「Nimrod and the Tower of Babel represent humanity refusing to accept an externally imposed ceiling on what it can become,」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。









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