「科学の弱点はモデルを使うこと」投稿に海外で反論続出
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海外の質問系コミュニティ「Lemmy」の c/asklemmy に、「科学の強みと弱みは何だと思う?」という投稿が立った。投稿者は強みに「集団で取り組めること」、弱みに「モデルを使うこと」を挙げたが、この「モデル=弱点」という主張に対し、他の利用者から次々と異論が寄せられた。人間の脳自体が常に世界を単純化して捉えている以上、科学だけが特別にモデルという弱点を抱えているわけではないという指摘が相次ぎ、投稿者と反論者のあいだで言葉の定義をめぐる応酬が続いた。あわせて、投稿が大量に下げ票を受けた理由についても横道の議論が起きている。
強み:集団で取り組めること。
弱み:モデルを使うこと。
モデルは粗い。現象はそれよりずっと精密だ。相対的に言えばね。だから解像度が落ちるんだよ。本物のバナナを『バナナ』という言葉に置き換えるようなものさ。
まあ、科学はたいていモデルを使う。モデルを使わない場合と比較すればいい。
それに科学は集団で行われることが多い。集団でやらない場合と比較すればいい。
当たり前じゃないか?
人間はモデルを使うこともできるけど、使わなくてもいい。直感、勘、慣習、習慣、美意識、雰囲気……他にも選択肢はある。
ただ科学は、実験が終わった後は全部モデルになるけどね。
本物のバナナは脳の中に収まらないから、縮小するんだよ。誰もが自分の中に、自分が生きる世界の心的モデルを持っている。
そうだね。それは事実だ。
まあ人って強い権威が好きなんだよ。それが認識論的な方法論だろうと独裁者だろうと関係ない。そしてその話題については、そこで思考を打ち切る。効率的と言えば効率的だね。
つまり思考の方法自体が弱みってことか。わかった。
僕はモデルへの依存を指摘しただけだよ。そこに関連があるんじゃないかな。
まあ、科学だって人間が発明したものだからね。だから本質的な欠陥が潜んでいるかもしれない。自分たちの偏見に隠されてね。
そうだね、どんな方法にも強みと弱みがある。
まあ科学には当然、強みも弱みもあるはずだ。だから挙げてみてくれ。簡潔に。
この話題の背景と論点
「モデルを使うことは科学の弱点だ」という主張自体は、科学哲学ではよく語られる論点に近い。地図は現地そのものではない(map is not the territory)という発想や、理論は観測データを単純化した近似にすぎないという立場は、科学哲学の文献にも古くから存在する。ただ今回のスレで割れたのは「モデルを使うこと」をどう位置づけるかだ。投稿者は人間がモデルに頼らない選択肢(直感・慣習・美意識など)を持てる点を強調し、モデル依存を限界として扱った。一方の反論者は、人間の脳自体が常に世界を単純化してモデル化しており、科学だけが特別に不利なわけではないと主張した。さらに投稿者が大量に下げ票を受けた理由をめぐり、「人は強い権威に従うと思考停止する」という脱線した議論も生まれている。読者が誤解しやすいのは、このスレが科学そのものの信頼性を否定する内容ではなく、あくまで「強み・弱みの定義」をめぐる言葉の掛け合いだという点だ。
※本記事は海外掲示板 Lemmy c/asklemmy のスレッド「Science, what are it’s strengths and weaknesses?」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。






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