歴史的大会戦の絵画、なぜ19世紀作ばかりなのか 海外史学板で議論
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海外の歴史系掲示板4chan「/his/」で、「歴史的な大会戦を描いた有名な絵画は、なぜ決まって19世紀に描かれたものばかりなのか」という疑問から議論が始まった。話題は732年のトゥール・ポワティエの戦いの評価に移り、「西洋をイスラム勢力から救った決定的な戦い」という通説が19世紀ナショナリズムの産物だという指摘と、いやその後も影響は大きかったという反論がぶつかった。さらに画家ドン・トロイアーニの作品の評価や、スペイン無敵艦隊の逸話、スペイン料理をめぐる軽い国民性ジョークにも話が広がった。
『歴史的な大会戦を描いた絵画』『描かれたのは19世紀』ってなんでいつもこうなるんだ?
この例に限って言えば、トゥール・ポワティエの戦いは本当に『偉大な戦い』だったわけじゃなくて、大部分は19世紀のナショナリズムが作り上げた物語だからだよ。
あの戦いはカロリング家が自分たちの力で王位に就く正統性を与えたんだ。フランク王国を強化して、ムーア人がセプティマニアに持っていた拠点を崩し、フランス深部への侵攻を二度と許さない体制づくりにもつながった。『大したことなかった』なんて言うのは、今どきの奇妙な逆張りだよ。
『フランス深部への侵攻を二度と許さない』って部分、それは間違いだよ。サラセン人はトゥールの戦いの後も何世紀にもわたって町を焼き、襲撃を続け、奴隷を連れ去り、南フランスの一部を占領し続けていた。
19世紀より前の人類は絵を描けなかったから(笑)
そもそもあの絵、こんなに上手く描く必要なくない?
でもスペインは結局負けたじゃん。
『トゥールの戦いの何世紀も後に南フランスの一部を』って言うけど、セプティマニアはトゥールの戦いからたった30年後に奪還されてるよ。
『スペインは負けた』って言うけど、違う。単にスペインが疲れて交渉に応じただけだよ。イングランド、フランス、オスマン帝国、オランダ、ポルトガル、スウェーデン、デンマークと同時に戦ってたんだから、どこかで終わらせるしかなかったんだ。
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『フラクシネトゥムはセプティマニアの一部じゃない、たぶん彼が言ってたのはそっちのことだ』→そう、まさにそれ。
うへえ、いかにも『アカデミズム絵画』って感じだな…
オランダの独立は、フランスのおかげで、ついでに少しだけイングランドのおかげでもあって、オランダ自身の力なんかじゃないよ。フランスがスペインに宣戦布告する前は、10戦して1勝というお笑いレベルの戦績だったんだから。
この話題の背景と論点
スレで触れられている通り、戦場を描いた「歴史画」は19世紀のロマン主義・国民国家形成期に様式として確立したものが多く、古代や中世を描いた絵でも実際の制作は19世紀というケースが目立つ。トゥール・ポワティエの戦いについても、「西洋をイスラム勢力の侵略から守った決戦」という評価は近年の研究で見直されており、戦術的な重要性自体は認めつつも、当時のフランク王国存続への影響を過大視した19世紀の国民史観だと見る立場がある。一方でこの戦いがカロリング家の権威づけに利用された事実は変わらず、歴史的意義そのものを否定する声は少ない。スレでも結論は出ておらず、現在も歴史家の間で評価が分かれる論点である。
※本記事は海外掲示板 4chan /his/ (History) のスレッド「>painting of a great historical battle」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。
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