【海外の反応】「Linuxの問題はLLM無しで解決できるか」海外掲示板で議論に
海外掲示板4chanの/g/(Technology)板で、「LLMを使わずにLinuxのトラブルを自力で解決できるか」という投稿が話題になっていた。man pageやArch Wikiで十分という古参ユーザーと、ChatGPTに聞けば数秒で終わるという効率重視派の意見が真っ向からぶつかり、「それでは何も学べなくなる」という懸念の声も相次いで上がっていた。
お前らLLM無しでLinuxのトラブルを解決できるか? それとも言われるがままの家畜か?
新規ユーザーにはほぼ必須になってる。人間が書いたガイドはもう無くて、みんな『ChatGPTに聞け』って言うだけだから。
じゃあ2023年より前にOSの使い方を覚えた奴は全員気の毒ってことか?
俺には分からないな、もう長いこと新規ユーザーじゃないから。でも既存のwikiはまだ残ってるはずだし、manページもある。
正直、素直にドキュメントを読んだ方がいい。AIの方が楽に見えるのは確かだけど、読んで得られる知識を自分から放棄してるだけだ。
できるけど、やりたくないだけ
Linuxなんてノリで書かれたグチャグチャなコードなんだから、今や本当の主人(AI)に聞くしかないだろ。
Linuxって今LLM入ってるのか?
ディスク容量節約のためにinfoやmanページすら入れないUnix系OSがあるのは理解できる。でも完全に無くすのは違うだろ。フリーソフトウェアにはフリーなドキュメントが必要だ。
ChatGPTもGeminiもClaudeも無料で使えるじゃん。
俺は言われるがままの家畜だよ でも少なくとも人に助けを求めたりはしない
普通にLLM使う方がいいわ。LLM無しで解決したからってボーナスポイントが貰えるわけじゃないし。
コマンドの出力をいくつかChatGPTに貼り付けて2分で同じ答えを得られるのに、なんで30分もかけてフォーラムの投稿を探し回らなきゃいけないんだ?
いや無理。ChatGPTにコピペ用のコマンドや直す用の.shスクリプトを聞けるようになってから、逆にLinuxが好きになった。
それで上手くいくならいいけど、理解せずにコマンドをコピペするのは俺なら怖いな。それはAIでも人間でも同じこと。
俺は2003年からずっとそうしてる
俺はLinuxのアドバイスも助けも全部Cleverbotから貰ってるよ
確かに。でもそれらはネット接続とGUIが必要だろ。『CLIのLLMチャットならどうだ』とか言い出す前に言っとくけど、それだってAPIが必要だ。
『Linuxコミュニティはたった一人』ね
【以前】
問題発生→ググる→フォーラムの適当な情報を30分以上試す
【今】
問題発生→ChatGPTがググって3秒で正しいコマンドを見つけて教えてくれる
しかも今や検索エンジンは軒並み検索結果の一番上にAIの回答を出してくるし、大抵それで解決する。
問題発生→ググる→フォーラムの適当な情報を30分以上試す
【今】
問題発生→ChatGPTがググって3秒で正しいコマンドを見つけて教えてくれる
しかも今や検索エンジンは軒並み検索結果の一番上にAIの回答を出してくるし、大抵それで解決する。
【以前】
何かを学ぶ
【今】
何も学ばない
後で似たような問題にぶつかった時、意味も分からないコマンドをコピペしただけだから即対応できずに困るといいよ。
何かを学ぶ
【今】
何も学ばない
後で似たような問題にぶつかった時、意味も分からないコマンドをコピペしただけだから即対応できずに困るといいよ。
何でも学べるからって、それが役に立つとは限らない。エージェントの使い方を覚えてコマンドを代わりに実行させる方が、皮肉抜きで実用的だ。
トラブルシューティングの補助としてLLMをどうやって使いこなしてるのか分からない。俺の経験だと、大抵の場合は明らかに間違った情報を返してくる。
それが面白いところで、新規ユーザーはどこが間違ってるか分からないんだよな!
変だな。俺は有料のGPTアカウント使ってるけど、どの解決策も完璧に機能してるぞ。
学ぶことの何がいけないんだ?
もう20年以上そうやってる。それで飯を食ってるんだ。
俺の書き込みを理解するのに苦労してるみたいだから、ChatGPTに読んでもらったら?
ネット上の解決策が古くなかったり、検索不可能などこかのDiscordサーバーに埋もれてたりしなければ、LLMなんて使わないよ。
見当もつかない新しい問題に遭遇する
【LLM以前】
検索して、答えが埋もれてるかもしれないページを見つける
【LLM以後】
LLMに聞いて答えをもらう
効率が違うだけで、大した違いは無いと思う。
【LLM以前】
検索して、答えが埋もれてるかもしれないページを見つける
【LLM以後】
LLMに聞いて答えをもらう
効率が違うだけで、大した違いは無いと思う。
当然、この例ではログの確認は省いてる。全部の問題にログ確認が必要なわけじゃないから。
違いは『問題の解決の仕方を学ぶ』ということだ。最終的には誰にも助けを求めずに済むようになるべきなのに、解決策をただ盲目的に貼り付けてるだけだと、それに依存し続けることになる。
何だこれ、誰かのボットが暴走したのか?
まあいい、良質なサイトは軒並み死んで、LLMが人間の作ったコンテンツに取って代わった今、選択肢はmanページを読むかボットに聞くかの二択だ。前者はIQ90以上が要るし、後者は確認する手段が無い限り99%の確率で間違ってる。
まあいい、良質なサイトは軒並み死んで、LLMが人間の作ったコンテンツに取って代わった今、選択肢はmanページを読むかボットに聞くかの二択だ。前者はIQ90以上が要るし、後者は確認する手段が無い限り99%の確率で間違ってる。
(追伸:これが先生が『途中式を見せろ』と言う理由だ。答えそのものはどうでもよくて、大事なのは問題を理解しているかどうかだから)
Archを20年以上使ってるけど、manページもArch Wikiも難しいと思ったことは一度も無い。自分のマシンでローカルにLLMを動かして、時短のためにコマンドを書かせることもあるけど、自力でも普通にやれる。こういう用途でLLMに言う一番良い指示は『簡潔にXYZ用のコマンドを書け』だ。
※本記事は海外掲示板 4chan /g/ (Technology) のスレッド「Can (You) navigate Linux issues without using an LLM for solutions? Or are you goycattle?」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。









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