70年代のヒッピー文化「当時はもう古臭いと笑われてた」海外で証言集まる
姉妹サイトの新着
海外掲示板Lemmyの質問コミュニティ「asklemmy」に、「70年代にヒッピー文化にいた人は、実際どんな経験をしたのか」という質問が投稿された。投稿者はヒッピーに会ったことがなく、LSDや東洋思想、保守的な教会との対立といった知識だけで興味を持ったという。これに対し、ヒッピー文化の全盛期は1967〜69年で、70年代にはすでに「時代に取り残された古い存在」として笑われていたという証言が集まった。さらに、宗教系コミューンや、西側の「不道徳さ」の象徴として語られてきたという、文化圏の異なる参加者からの視点も加わり、話題は多方向に広がった。
60年代とか70年代は、LSDをやったり、踊ったり、不思議な格好をしたりする文化があったと聞いてる。東洋の宗教とかスピリチュアルなものが西洋に入ってきて、当時の教会とか家族みたいな保守的な組織はそれを嫌がって反対してたらしい。
ヒッピーだった人に会ったことがないので、せっかくだから聞いてみようと思った。何がきっかけでヒッピーになったの?親の反応はどうだった?どのくらいの期間ヒッピーをやってた?実際どんな感じだった?
どんな影響があったの?
アメリカ人じゃないから、西側については悪い話しか聞いたことがなくて。このヒッピーの話も、西側がいかに不道徳かって話の一例として語られてたんだよね。
当時、ヒッピーと見分けるためにひげを禁止したキリスト教会があったって聞いたんだけど本当?あなたたちの国は若い社会なのに、ちゃんとそれをやり遂げたのが羨ましいよ。自分の住んでる国では、そういうヒッピー文化があった話は少なくとも聞いたことがない。
それは聞いたことないな。自分の地域では起きてなかった。教会に通ってたヒッピーは「ジーザス・フリーク」って呼ばれてた。教会との関係は気まずい感じだったけど、敵対的ではなかったよ。
当時はジョーンズタウンとかブランチ・ダビディアン、12トライブス、アントヒル・キッズとか、キリスト教系のカルトがいろいろ生まれたんじゃなかったっけ。
ティピーとGIビルって何?
この話題の背景と論点
ヒッピー運動の最盛期は1967年の「サマー・オブ・ラブ」前後とされ、69年のシャロン・テート殺害事件(マンソン・ファミリーによる犯行)が運動の実質的な終わりの目安としてよく語られる。スレでは、70年代にはヒッピー的な生き方がすでに「時代遅れ」と見なされていたという証言と、同時期にキリスト教系のコミューンやカルト(ジョーンズタウン、ブランチ・ダビディアンなど)が増えたという指摘が交差し、単純な「自由と平和の時代」という一般的なイメージとはズレがある。また、西側以外の参加者からは、ヒッピー文化が自国では「西側の不道徳さの象徴」として伝えられていたという証言もあり、同じ歴史的事象でも立場によって受け取られ方が大きく異なる点が読み取れる。
※本記事は5ch(Lemmy c/asklemmy)スレッド「Anyone who was into hippy culture back in 70s, how was the experience?」より抜粋・要約して構成しています。






まだコメントはありません。