初めてのゲーム海賊版はいつ? 海外レトロゲーム板で思い出話が盛り上がる
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4chanのレトロゲーム板/vr/に「いつから海賊版に手を出した?」というスレが立ち、各国の住民が自分の“原体験”を語る昔話が盛り上がった。セガのドリームキャストはCD-Rでの違法コピーが容易だったことで知られ、スレでは「お前らがドリームキャストを殺した」という自虐混じりのやり取りが何度も繰り返された。一方で、店で買ったプレイステーション本体に海賊版ゲームが最初から入っていたという証言や、学校でCDを焼いて売っていたという話も出て、海賊版が流通する環境が国や世代によって大きく違っていたことがうかがえる。
自分の場合、5歳くらいのとき、店で買ったプレイステーションが最初から海賊版ゲームをそのまま再生できて、海賊版ゲームが10本くらい入ったケースまで付いてきた。どの店でも海賊版ゲームを安く買えたし、むしろ正規版より海賊版のほうがずっと多かった。海賊版がこれだけ出回っていたのに、ソニーがプレイステーションであれだけ儲けたのはすごいことだと思う。
CD-Rを焼いて延々プレイしてた夜が、結局あれを殺したんだよな…悲しいけど。でもドリームキャストはその後GDEMUや新しい12V電源、Noctuaファンの改造で復活を遂げた。
中学の頃、CDの焼き方とPSの改造(チップ入れ)を覚えてね。学校で焼いたCDを売って結構儲けたよ。
海賊版に手を出したのは、Utopia Boot Discを手に入れてセガのドリームキャストでゲームを海賊版化し始めた2000年、たしか夏頃だったと思う。何月の何日かは覚えてないけど。そこから2002年にはDreamSNESをCD-Rに焼いて落とすようになって、それがかなり面白かった。セガのハードでスーパーファミコンのゲームが動くのは本当に衝撃だった。
8歳のとき、近所の人からメガドライブのROMとKgenが入ったCDをもらった。
7インチの古いノートPCにセガとNESのROMをzipで入れてた。
中学〜高校に上がったばかりの90年代後半〜2000年代初め頃、『え、ゲームって無料でできるの?』って気づいてから。子供の頃NESを持ってなかったから、ようやくNESのゲームを遊べるようになった。
27年前、ゲームの作り方を学びたいと思って3D Studio Maxの値段を見て愕然とし、そこでUsenetの存在を知ったときから。
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何でだよ? お前は安物の帝王、中古屋界のヒーローだろ。地下工場みたいに焼いたコピーを見せびらかしてさ。お前もドリームキャストを埋葬した一員だよ。
何でだよ? お前は安物の帝王、中古屋界のヒーローだろ。地下工場みたいに焼いたコピーを見せびらかしてさ。お前もドリームキャストを埋葬した一員だよ。
『フェイクニュースの出典』ね、うまい言い訳だ。
この話題の背景と論点
ドリームキャストは1999年の発売後、専用メディアのGD-ROMを採用していたが、CD-Rに焼いたブートディスクで起動する抜け道が早期に広まり、海賊版ソフトが大量に流通した。これがセガが2001年に家庭用ハード事業から撤退した一因としてしばしば語られる、よく知られた経緯で、スレ内の「お前らがドリームキャストを殺した」というやり取りもこの文脈の自虐ネタになっている。一方で意見が割れたのは、海賊版体験を懐かしい思い出として笑うか、業界を潰した行為として茶化すかという線引きで、どちらの立場にも明確な結論は出ていない。また店頭で海賊版入りの本体が普通に売られていたという証言は、メーカーや流通が出荷段階から管理する環境とは対照的で、海賊版の扱われ方が国や地域で大きく異なっていたことを示している。Usenetやトップサイト、シーングループといった入手手段の話も出ており、PC文化とゲーム海賊版が地続きだったことも読み取れる。
※本記事は海外掲示板 4chan /vr/ (Retro Games) のスレッド「When did you become a pirate?」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。










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