「電卓はいつも持ち歩けない」教師の言葉、海外掲示板で世代論に
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海外掲示板Lemmyの「showerthoughts」コミュニティに投稿された「数学の先生に『電卓をいつもポケットに入れているわけじゃないぞ』と言われた最後の世代だったと思う」という一文に、14件の反応が集まった。スレでは、このセリフが現実的に使われていたのはいつからいつまでかという考察や、「コンピューターの仕事をするには数学が得意でないと」という別の定番フレーズとの関係、さらには計算尺や算盤(そろばん)が実際に計算をしてくれる道具なのかという脱線した議論にまで話が広がった。投稿者は1990年代前半生まれ前後の世代を念頭に置いており、同世代を名乗るユーザーから共感の声が上がった。
それはもっと後の時代の話っぽいね。少なくともあと1世代半くらいは、電卓のセリフだけで乗り切れたと思う。
まさにその理由で、「電卓・計算尺・算盤」って書きそうになったよ。
自分(ミレニアル世代)は電卓禁止時代を経験したけど、「コンピューターを使うには数学が得意じゃないと」って言われた記憶はないな。
でも、80年代〜90年代初頭にパソコンが普及し始めた頃なら、そっちの方が実際に当てはまってた気がする。
ほぼその通り。実際、Prometheusのメトリクスで面白いクエリを書くために微分積分を使ったことはある。
でも、かなりニッチな話だけどね。
君は俺と同じ世代だよ、俺たちが最後の世代だった。
96年生まれ。
成長する中で何度かそのセリフを聞いたけど、高校最後の数学の先生は、グラフ計算機に自分でプログラムを書いて問題を解くのを許してくれて、テスト中にも使わせてくれたよ。
計算尺は確かに計算そのものをやってくれるよ。基本の乗算用計算尺は対数目盛を使って、掛け算を足し算に変換して計算してくれる。算盤(abacusはラテン語で複数形は-iになるけど、「abacuses」でも一般的に通じる)は計算の途中経過を覚えておく手助けをするだけだと思うけど、工夫すれば複雑な計算を機械的に簡略化するテクニックも使えるはず。
自分の記憶違いかもしれないけど、計算尺や算盤(abacus…es? abacuses? abacii?)は、数式そのものを計算してくれるんじゃなくて、同じ操作を繰り返すのを助けて、やった作業を記録しておくためのものだと思ってたんだけど。
この話題の背景と論点
「電卓をいつも持ち歩けるわけじゃない」という教師のセリフが使えたのは、完全電子式電卓が普及した1970年前後からiPhoneなど初期スマートフォンが登場した2007年前後までの約30年強とされ、スレ内のコメントもこの「33年」という見積もりに近い。この間に生まれ育った世代、投稿者の推定では1990年代前半生まれ前後が「最後に言われた世代」として共感を寄せている。もう一つの論点は、計算尺や算盤(そろばん)は実際に計算そのものをしてくれる道具なのか、それとも人間が行う計算の補助・記録にすぎないのかという脱線した議論で、計算尺は対数目盛を使い掛け算を足し算に変換する点で演算そのものを担っているという指摘があった一方、算盤はあくまで途中経過を覚えておく道具という見方も示され、スレ内でも結論は出ていない。あくまで雑談的な「シャワー思考」スレであり、歴史的な正確さを保証する検証が行われたわけではない点は留意したい。
※本記事は海外掲示板 Lemmy c/showerthoughts のスレッド「My generation was probably the last one to get told "You won’t have a calculator in your pocket all the time" by our math teachers.」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。







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