セガ「32X」失敗の裏側は北米と日本の社内対立だった 海外ファンが振り返る
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海外掲示板4chanの/v/(ゲーム版)で、セガの拡張機器「32X」を巡るスレッドが伸びていた。スレ主は「理由もないのに自社同士で競争しよう」とセガを茶化し、そこから北米支社(SOA)と日本本社(SOJ)の間で意思疎通が取れておらず、片方がメガドライブの延命策として32Xを推し進める一方、もう一方はすでにサターンへの移行を決めていたという内部対立の経緯が語られた。話題はその後、セガがソニー参入にどう対抗できたか、サターンの価格設定や当時のCEOトム・カリンスキーの評価、ドリームキャストのコントローラー仕様まで広がり、評価が割れた。
セガは一体何を考えてたんだ???
そうそう。アメリカはメガドライブにまだ数年の寿命があると思ってて(32Xがそれを助けると)、日本はもう見切りをつけてサターンに移る気だった。
でもすぐにそれが失策だと気づいた。
駄作ハードを作らないこと
発売前にサターンの開発キットをちゃんと用意しておくのが第一歩だったはず。
無理だったと思う。
セガは悪くないハードメーカーだったけど、本当の強みは常にアーケードにあった。日本以外の国でアーケードが衰退し始めた時点で、もう終わってたんだよ。
セガ本体と日本がちゃんと協力してれば。
サターンがスプライト主体の設計じゃなかったら。
バーニー・ストーラーがこの世に生まれてこなかったら。
マイクロソフトはソニーより金持ちなのに、当時も今も弱者のままだよな
開発キットが無かったのに、発売時にゲームがあったのはどうしてだ?
いや、任天堂は長く続いてる分昔から金が腐るほどあったけど、Wiiが大ヒットしなかったらゲーム事業からの撤退を考えてたかもしれない
>Wiiが大ヒットしなかったらゲーム事業からの撤退を考えてたかもしれない
でもポケモンがあったじゃん
>Wiiが大ヒットしなかったらゲーム事業からの撤退を考えてたかもしれない
DSがどれだけ売れてたか、みんな忘れてるよな
理想の世界なら、日本本社(SOJ)に白い猿、米国支社(SOA)に黄色い猿がいて、取締役や管理職に向かって吠えてくれて、32Xなんて完全に回避できてたはずなんだけどな
それ。あと>>16が言ってた通り、N64・ゲームキューブの時代はポケモンが任天堂を生かしてた
32XはSOA(米国支社)の決定で、この拡張機器があればメガドライブをあと数年延命できると考えていた。一方SOJ(日本本社)はその時点でもう次のサターンの開発を進めていて、メガドライブが日本で不振だったので一から出直したかった。
90年代のセガは実質、同時に全く別の2つのことをやっている2つの会社で、常にぶつかり合っていたようなものだった。
>トム・カリンスキーについてはどう思う?
過大評価されてる。
1 – 出来の悪いアーケード移植じゃなく、まともなコンシューマー向けゲームでセガを売り込んだ
ただのビジネスの常識で、セガはそもそもやっておくべきことだった
2 – 価格設定
これも同じ
3 – 挑戦的なマーケティング
コーラ対ペプシの対決商法と同じで、別に新しいことじゃない
自我が強すぎるところはあったけど、それでも『自分はソニーの回し者だった』ことになってるバーニー・ストーラーよりはまだマシ
メガドライブは、失敗続きのセガのハード史における単なる偶然の成功だった
>本体の中にもう一つ小さい本体を入れて、ちょっとだけ速くする
当時の連中は何を吸ってたんだ
『何としてもメガドライブを救わなければ』ってことだったんだろ
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それでもアタリジャガーよりはまだ理屈が通ってたけどな。マジでアメリカのハードメーカーは80年代から2003年くらいまでずっと頭がおかしかったよな(そして2013年頃にはまた元に戻った)
ソニックのソフトも無いまま、いきなり400ドル(今の価値で850ドル)でサターンを発表・発売しないこと
まず、割高な値段でハードを出さないこと。サターンにはそれなりの魅力があって日本では総じて好調だったけど、PS1より優れている点は特に無いのに1995年当時の価格で33%、100ドルも高かった。サターンがPS1と同じ価格だったら、充実した自社ソフトと強いブランド力が相まって、もっと五分の戦いになってたはず。
何も考えてなかったんだよ
マイクロソフトの言いなりにならず、デュアルアナログ操作のドリームキャストを出すこと。
この話題の背景と論点
セガの32Xは1994年に北米メガドライブの拡張機器として投入され、同時期に日本ではサターンの開発が進んでいたことは、ゲーム史で「自爆」の一例として語られることが多い。背景には北米支社(SOA)と日本本社(SOJ)が別々の判断をしていたという組織構造上の問題があり、スレでもこの内部対立をセガ衰退の一因とする見方が多数を占めた。一方、当時CEOだったトム・カリンスキーの評価は割れており、擁護派はアーケード移植中心だったセガを家庭用機市場で成功させた功績を挙げ、懐疑派は価格戦略やマーケティングを「当然やるべきことをやっただけ」と過大評価だと指摘した。なお、サターンが1995年のE3で予告なく前倒し発売され、小売店の不信を招いたことは後年しばしば引用される事例で、スレ本文では直接説明されていないが、価格面での苦戦を理解する補足として押さえておきたい。
※本記事は海外掲示板 4chan /v/ (Video Games) のスレッド「>let’s compete with ourselves for literally no reason」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。







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