Amazonが希少本をAI訓練用に破棄、海外掲示板で倫理論争に
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Amazonが希少な古書をAIの学習データにするためスキャンした後に破棄していたと報じられ、海外掲示板Lemmyのテクノロジー板で議論になっている。「合法でも道徳的には問題」とする声がある一方、「デジタル化できたなら良いことだ」との反論も出て、所有権や著作権のあり方にまで話が広がった。
Amazonが希少本をAI訓練のために破棄していたことが発覚
出典: futurism.com / 元記事はこちら
覚えておいてくれ。地球は大丈夫だから。
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コロナの外出制限で野生動物がどれだけ早く戻ってきたか覚えてる?最後の人間が死んだらああなるよ。
最後の人間は、8世代にわたって地下で暮らしてきた億万長者の子孫になるんだろうな
もし俺が重要な本の唯一の所有者だったら、それを破棄する法的権利はあるけど、それが良いことだったと言い張れる人間はいないだろうね。
破壊しないでスキャンして公開アーカイブに入れる選択肢は昔からあった。それと、公衆の目に二度と触れないよう隠す目的で破壊しながらスキャンするのとでは、天と地ほどの差がある。
「もし俺が重要な本の唯一の所有者だったら、それを破棄する法的権利はあるけど、それが良いことだったと言い張れる人間はいないだろうね」
でも、その破壊がデジタル化のためだったなら、それは良いことだったと俺は言うね。反対か?
誰にも共有されないデジタルコピー?それなら反対だね。
本を破壊してるのは、無傷のままスキャンするよりその方が安上がりだからだよ。
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『希少だからといって自動的に価値があるわけじゃない』
同意するよ、お前は世界に一人しかいないけど、無価値だもんな。
これらの本は古書店から購入されたものだ。古書店は普通、売れない本は置かない。だからこれが誰かのファンフィクションをCreateSpaceか何かで自費出版したものである可能性は低い。
本当に賢くて物知りだね、そういう出典や詳細を共有してくれてありがとう。すごいね!
俺のアンソニー・ファウチ×ねぼすけドンのファンフィクションも『希少』だけど、それが破棄されても俺を含めて誰も気にしないだろうね。
記事が単純化しすぎているのは法律が異常に複雑だからだけど、モラルハザードは明らかだ。
まるで孤児を殺しておいて、それは実は国家が容認した過失致死だと誰かが言い張ってるようなものだ。
車の登録情報を照会するのと、何千台ものFlockカメラで車を追跡するのとの違いだと考えればいい。ある時点で、規模は質的に違うものになる。
・食料を破棄する目的で買うのは悪い。
・アートを破棄する目的で買うのも、悪い。
所有権自体、実用的な社会的構築物だ。物を『所有する』というのは、それが『理にかなっている』限りにおいて成り立つ。
Amazonが希少本を所有するのは理にかなっているか?あまりそうは思わない。なぜそれが許されるのか俺にはわからない。子供がロケットを所有するようなものだ。ほとんどの文脈で単純に筋が通らない。
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AIは本当の知識を獲得してるんじゃなくて、単に次に来る可能性が一番高い単語を出してるだけだ。
もう一人説得すればいい。みんなが同じことをすれば、あっという間にいなくなる。二人説得すればもっと早く終わる。
俺は買い物のほとんどをeBayで済ませてる。ただ出品者の中には発送にAmazonを使ってる人もいるから、完全に避けるのは難しいね。
『それに、俺のファンフィクションが店で売られてる紙の本かどうかなんてどうやってわかるんだ?😀』
お前がモズだからだよ。E・L・ジェイムズには全然似てないし。
古書店は本当にクソみたいな本も『置いてる』よ。
出版社から返本されたときに何をするか知ってるか?表紙を切り取って証拠として送り返すんだ。中身のページは廃棄される。誰も気にしない。
どんな出版社や書店も、売れなかったジョー・ボブの『ウジ虫の料理法』を5万部も抱えたくはない。
それに、俺のファンフィクションが店で売られてる紙の本かどうかなんてどうやってわかるんだ?😀
著作権法は哲学的に導かれた権利なんかじゃなくて、文字通り1700年代に印刷業者が本の独占権を欲しがったから作られた、政府公認の独占権に過ぎない。企業の支配者たちに有利になる以外、今では何の機能も果たしていない。
この話題の背景と論点
Amazonの古書破棄が問題視される背景には、AI開発競争で「他社が持たない希少データ」を独占することが優位性につながるという業界の力学がある。また出版流通の慣行として、返本された本は表紙だけを剥がして中身は日常的に断裁されており、紙の本を物理的に破棄すること自体は珍しくない。著作権制度も元来、18世紀に印刷業者の独占権として整備されたものだとする指摘がスレにあり、「所有権」や「複製の自由」を絶対視できない歴史的背景がある。
意見が割れたのは、デジタル化さえされれば破棄は正当化されるかという点だ。内容が保存されるなら問題ないとする立場と、誰とも共有されない私的コピーになるなら実質的に本が「消された」のと同じだとする立場が対立し、希少性が即座に文化的価値を意味するかという点でも反論が出た。
読者が見落としやすいのは、この件の核心が「本を壊したこと」自体ではなく、「二度と公衆がアクセスできない形で独占したこと」にあるという点だ。返本裁断のような業界慣行と混同すると、批判の焦点がぼやける。
※本記事は5ch(Lemmy c/technology)スレッド「Amazon Caught Destroying Rare Books to Train AI」より抜粋・要約して構成しています。






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