80年代PCに「外付けGPU」が無かった理由、海外で議論に
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海外掲示板4chanのレトロゲーム板「/vr/」で、「なぜ80年代のPCには外付けGPUが存在しなかったのか」という疑問から議論が始まった。IBM PC(5150)をアーケード基板と同レベルの性能にできなかったのはなぜか、というのが出発点で、PC-88/98やX1、MSXなど日本製PCにも言及された。レスでは、コストを優先した5150の設計方針や当時のISAバスの帯域幅の限界が指摘される一方、実際には10万ドルを超える業務用の外付けグラフィックアクセラレーターが存在していたことも紹介され、意見が分かれた。
ならそもそも最初から高帯域のポートを用意しておくべきだっただろ。
あと『もっと早く登場していれば』というのは1981年の話で、1984~1987年のことじゃないぞ。
おっと、そのレスは引用先を間違えた。本当は>>2宛てのつもりだった。
そもそもGPUをなぜ外付けにしたいんだ? どうせ8bitのISAバスとやり取りする必要があるし、>>3の言う通りそのレベルの画質にはどのみち届かない。
そういう事情があったからこそ、LenovoはIBMのコンシューマー部門を買収して、その流れを受け入れる必要があったんだ。
NECも同じ。
>>7
IBM 5150が実際に搭載したCGAカードを、もっと帯域幅を増やした版だと考えればいい。
>>9
8086は当時アーケード基板を動かしていたZ80、6502、6800よりすでに高性能だった。
それに5150は発売時1565ドルで、お世辞にも安くはなかった。
>ならそもそも最初から高帯域のポートを用意しておくべきだっただろ
5150がどう設計されたか、かなり誤解してるみたいだな。あれはできるだけ安く、できるだけ既製品の部品で作ることが目的だった。バスの帯域を広げるには、当時狙っていたより高価なCPUが必要になる。それどころか、CPUすら8086ではなく安い8088でケチったくらいなんだから。
90年代初頭の2Dアクセラレーターカードについて読んだことがある。あれは基本、Windows 3.xのGUI表示を速くするためだけに作られたものだったらしい。
ほぼ一点物みたいな2D・3Dの『GPU』は山ほどあった(実質的にはISAポートから1~2本の線で外の箱とつながった、丸ごと別のコンピュータだった)。リンクが見つからないけど、いつか見つけるつもり。どこかの教授のサイトに、これら初期の機種についての巨大なFAQがあった。大半は放送用グラフィックスや簡単な3Dシーンをリアルタイムで生成するために作られたものだった。
ここでそのFAQが読める。古いグラフィックアクセラレーターは本当にたくさんあって、ほとんどが激レア・激高価。中には10万ドル超えのものもあって、大半が1万ドルを軽く超えてる。
今話してるのは、初期のPCを当時のアーケード基板と同レベルに持っていく話であって、3Dの話じゃない。
それはつまり、スプライト表示に対応できるようにPCのアーキテクチャ自体をやり直すってことだよ。
増設カードでそれをやろうとしたら、結局『増設コンピュータ』になるだけで、それならPC本体の意味は何なんだって話になる。それに、多くのアーケード基板は68000を使っていて、これは実際初期のPC用CPUより高性能だったことも忘れちゃいけない。
IBM PCはそもそもゲーム機として作られたものじゃない。ゲーム用ならアーケード級のグラフィックとサウンド性能を持つAmigaがあった。でもAmigaは、PC上の新しい3Dアクションゲームの時代を生き残れなかった。
『数値演算コプロセッサ』が普及して、似たような役割を果たしてたよ。
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アーケード基板が68000を使うようになったのは1984年の『マーブルマッドネス』からで、1981年時点ではまだZ80、6502、6800だった。
>>26
>IBMは8088を搭載していた
ただ8086へのアップグレードは可能だった。
ここで話してるのは1981年のことで、1985年の話じゃない。
>そもそもどんなフォーマットなのか気になる。たぶんDACに直接流し込めるようなものだろう
そうだね、独自ヘッダー付きの生PCM(もしかしたらDPCMやADPCMみたいな差分符号化込み)みたいなものを想像してる。
親切心があるなら、保存のためにMAMEの開発者に連絡を取ってみるのもいいかもしれない(表面実装チップの一部はROMだと思う)。
それは当時、すべてが(IBM PC互換という意味での)PCやx86だったわけじゃないし、DOS互換性も重要じゃなかったから、わざわざPCを選ぶ理由がなかったんだよ。みんなグラフィック用に設計された、もっと強力なハードウェアとアーキテクチャを持つコンピュータを買っていた。Apple MacやLisa、Amiga、SGI IRIS、Symbolics 3600みたいなグラフィック向けマシンがあって、それらにはGUIのOSも載っていた。
この話題の背景と論点
IBM PC(5150)は1981年発売、価格1565ドルで、コストを抑えるため8086より安い8088を採用した「できるだけ安く、既製品中心で作る」設計方針のマシンだった。スレで指摘されている通り、当時のISAバスの帯域幅自体がボトルネックで、カードを足すだけでは解決しない構造的な制約だった。一方で、業務用には実在の外付け「GPU」(E&S、京セラ、インターグラフ、富士通製など)があり、数万~10万ドル超という値段でCADや放送用グラフィック向けに使われていたが、ゲーム用途とは無縁だった。なお元スレはPC-88/98、X1、FM-7/77AV、MSXといった日本製PCを引き合いに出して始まったが、以降の議論はほぼIBM PCとアーケード基板の話に終始しており、日本製PC特有の事情にはあまり踏み込まれていない点は留意したい。
※本記事は海外掲示板 4chan /vr/ (Retro Games) のスレッド「Why weren’t external GPUs (think what modern GPUs are, but for 80s graphics so the IBM 5150 can be on the same level as」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。









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