「父は子より偉大」はどういう意味か 海外史学掲示板で神学論争
4chanの歴史板/his/に「なぜこれほど多くの人々がイエスを誤解してきたのか」と題したスレが立ち、ヨハネ福音書の「わたしは父のもとへ行く。父はわたしより偉大な方だからだ」という一節や、イエスの神性と人性の関係(二位格論・両意論)をめぐって神学談義が交わされた。
古代教会を割った公会議での対立は、実際には政治闘争にすぎなかったのではという冷めた見方も出て、聖像崇敬や神殿の豪華さの是非まで話が広がり、意見は割れたままだった。
ヨハネ14:28 ►「わたしは父のもとへ行く。父はわたしより偉大な方だからだ」
三位一体派の諸君、この一節がそのまま言ってる通りじゃないって言ってみろよ
地位が上ってだけの話だろ
「わたしと父は一つである」なのに、一つが一つより偉大ってどういうことだ?
(画像略)400年以降、帝国の最も優秀な頭脳がこういう『仕事』に注ぎ込まれるようになった。水道橋や公衆浴場、下水道、道路の整備や、もっとマシな軍事戦略を考える代わりにな。偶然にも西ローマはすぐに滅び、東ローマは長く緩やかな衰退をたどった。
でもキリスト教は世界を征服したし、ローマは滅びてないだろ
「イエスは神性と人性、二つの位格を持つ」「イエスは神性と人性が一つになった、ただ一つの位格である」——これのために人が死んだんだぜ
「イエスは一つの位格に神性と人性を持つ」「じゃあ意志も一つってことだよな?」「いや実は……二つの意志を持つんだ、へへ」この救いようのなさよ
こんなのほとんど全部でたらめで、実際の争いの理由はただ対立派閥を排除して権力を独占するためだったんだと思う。例えば『二つの位格、一つの意志(笑)』とかで実際に何が変わるんだよ
マルコ伝を読め、二次創作は無視しろ。イエスは神の子であり人の子(人類の子)でもあった。彼自身が神だったわけでも聖霊そのものだったわけでもなく、聖霊が彼を通して語っただけだ
ヨハネ1:1「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった」
「言」は初めにハ・テイオン(神性)と共に存在し、「言」はテオス(神)である。ここで語られているのは二つの神性で、一方は父なる神、もう一方は子であり神的存在だ
「ヨハネ伝」?——さっき『二次創作は無視しろ』って言ったばかりだろ
貧しい人を助けよという使命の上に成り立つ宗教なら、豪華で高価な神殿を持つことより、そっちを優先すべきだと俺は思うね
それは的外れだ。エルサレムの神殿をはじめ教会というものは、常に華美であることが意図されてきた。信徒に神の力を思い出させるためでもあり、敬虔さの表れでもある。主のために質素で済ませることこそ侮辱になる
貧しい人だって美しいものが好きだ。神殿が公共のもので、聖職者自身が貴族的な贅沢に浸っていないなら矛盾はない。むしろ美しい公共建築が失われることこそ、貧しい人々への攻撃だ
聖像がよくないものだって証明できるか?
普通に十戒の第二戒に書いてあるだろ
じゃあムハンマドの聖像はどこにあるんだ?
『父の方が地位が上』とは言ってない。『父はわたしより偉大だ』とはっきり言ってるんだよ
『いや文脈を無視しろぉぉぉ』じゃなくて、あの場面では父の方が子より上位にいたってだけ。聖書はもっとゆっくり読め
二つの本性を持つのと、二つの本性が混ざり合っているのとでは、何が違うんだ?
本性が完全に神的でないなら、イエスは神と言えるのか?意外と鋭い問いだな
それは犠牲の意味や、人類と神との和解に関わる話で、非三位一体派やグノーシス主義者には理解できないことなんだ
「イエスは神性と人性、二つの位格を持つ!」——これのせいで教会が分裂するほどの大問題だったのか?そんなに大した話なのか?イエスの髪の色が何色っぽかったかで揉めてたようにしか聞こえないんだが
どちらも『一』なら、一は一より偉大と言えるのか?
彼らが一つなのは目的において一致しているからで、同じ一つの神だからじゃない。ヨハネ17章でイエスは、弟子たちも自分と父と一つになれるよう祈っている
いや、イエスの発言はその通り正しいからだよ
※本記事は海外掲示板 4chan /his/ (History) のスレッド「Why did so many people get Jesus wrong?」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。






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