「密告せず見下されないためには」海外フォーラムで割れた意見
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海外のQ&A系コミュニティ「Lemmy」の雑談版asklemmyに、「密告者(スニッチ)にならずに、人から見下されない方法」を尋ねる投稿が立った。投稿者は、悪口を笑って流せば「何をしても反撃してこない相手」として扱われ、言い返せば逆に「怒りっぽい奴」とレッテルを貼られるというジレンマを訴えた。寄せられた答えは一枚岩ではなく、「相手に関わらないのが一番」という意見と、「状況によっては関わらないこと自体が負けを意味する」という反論に分かれている。さらに、米国の宗教団体「サタンの教会」の教義を引いて「警告してもやめないなら叩き潰せ」と答える投稿もあり、単純な正解のない議論になった。
悪口を言われたりバカにされたりする→無視するか笑って流す→相手はそれに居直って、『あいつは何もしてこないから何してもいい』という扱いになる
悪口を言われたりバカにされたりする→言い返す→なぜか自分が『怒りっぽくて口答えするやつ』にされる
いや、関わらざるを得ない状況に放り込まれることもある。それに、関わらないこと自体が『負け』を意味してしまう場合もある
この話題の背景と論点
このスレが立った場asklemmyは、Redditに似た分散型SNS「Lemmy」の雑談コミュニティで、誰でも自由に悩み相談を投げられる場所。「スニッチ(snitch=言いつけ・密告者)にならない」という前提は、英語圏のネット文化圏で根強い「自分で解決しろ、誰かに頼るな」という不良文化・学校文化の名残で、日本の「チクる」感覚に近いが、権威や第三者に頼ること自体が格好悪いという独特の価値観が背景にある。スレで意見が割れたのは「関わらない方が得」派と「場合によっては関わらないこと自体が負けになる」派の対立で、どちらが正解かは本文中でも結論が出ていない。引用された「やめなければ叩き潰せ」という一節は、1967年にアントン・ラヴェイが著した「サタンの教会」の教義書「地上における十一の悪魔の掟」からの引用で、実際の暴力推奨ではなく「警告してもなお相手が引かないなら強く出てよい」という比例原則を説いた一節として英語圏ではよく引用される。宗教団体名だけを見て過激な思想と早合点しないよう注意したい。
※本記事は海外掲示板 Lemmy c/asklemmy のスレッド「How do you make people respect you without being a snitch?」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。






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