【海外の反応】SNSが無かった時代、戦争犯罪はどう暴かれたのか

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海外掲示板Lemmyのnostupidquestionsコミュニティに「インターネットもSNSも無かった1939〜45年、人々はどうやって戦争の実態を知ったのか」という疑問が投稿された。

返信では新聞・ラジオ・映画といった当時のメディアの役割に加え、ポーランド人レジスタンスのヴィトルド・ピレツキが自ら志願してアウシュビッツに潜入し情報を外部へ持ち出した逸話が紹介された。一方で「写真の捏造は19世紀からすでにあった」という指摘も出て、当時の"証拠"がどこまで信用できたのかを巡る議論に発展した。

1 海外の名無しさん 2026-08-18 10:01
1939〜45年当時、人々はインターネットやSNSも無いのにどうやって戦争犯罪を暴くことができたのか。
当時は「これをネットに投稿する」なんてことはできなかった。Facebook、Instagram、TikTok、Reddit、Twitter(X)、そんなものは1939〜45年には存在しなかった。真珠湾攻撃が起きた頃にはインターネットも無かったから、人々は口コミか新聞(タブロイド紙)でしか知りようがなかったはずだ。
アメリカ・イギリス・フランスが当時犯した戦争犯罪について言えば、人々は最初それに無頓着で、彼らを単なる「解放者」としか見ておらず、その欠点は見過ごされていた(当時流れていたプロパガンダのせいで)。実際には彼らはドイツ軍捕虜を殺害していたが、コンピューターも検索エンジンもSNSのフィードも無い1945年の一般人が、それをどうやって知り得ただろうか。
6 海外の名無しさん 2026-08-18 10:14
報道機関がその役割を担っていた。
世界が強制収容所の存在に気づいたのがいつだったか考えてみるといい。それは戦争が終わってからのことだった。
7 海外の名無しさん 2026-08-18 16:19
当時は写真機もあったし、写真を簡単に捏造する手段も無かった。それにナチスにとって不運だったのは、自分たちの残虐行為を几帳面に記録に残していたことだ。あれはおそらく悪手だっただろう。
23 海外の名無しさん 2026-08-18 18:49
写真の捏造なんて、その時点ですでに100年近く行われていたことだよ。
8 海外の名無しさん 2026-08-18 13:30
当時も新聞、手紙、ラジオ、映画があったのは知っているよね?報道機関はちゃんと存在していた。
11 海外の名無しさん 2026-08-18 10:49
いくつかの情報源が挙げられているけど、勇敢なヴィトルド・ピレツキは実際に自らアウシュビッツに潜入し、ポーランドのレジスタンスに情報を持ち出した。
そして、そこから脱出までしている。
19 海外の名無しさん 2026-08-18 13:34
うわ、本当にすごい話だ。収容所の中で何が起きているか正確には知らなかったとしても、ろくでもないことになるとは分かっていたはずなのに、自ら志願するなんて。そして戦後の彼の人生を思うと…。この記事を教えてくれてありがとう。
15 海外の名無しさん 2026-08-18 10:28
強制収容所について知っていたのは、直接関与していた人たちだけではなく、もっと多くのドイツ人だった。人々はそれを知りたくなくて目を逸らし続けたか、自分たちが『クズ』だと思っていた人々のことなど気にも留めなかった。
18 海外の名無しさん 2026-08-18 13:50
あるいは、体験談や場合によっては写真を持った人たちが、自ら記者や新聞社を訪ねたということもあるだろう。
20 海外の名無しさん 2026-08-18 21:21
具体例を挙げてもらえる?自分の理解では、当時は写真による証拠はほぼそのまま現実を写し取ったものとして扱われていて、誰もそれを疑っていなかったと思うんだけど。
21 海外の名無しさん 2026-08-18 21:45
これは1857年の、最も初期の事例の一つだよ。
それがどう発展していったかについての記事もあるので、リンクを貼っておく。

※本記事は5ch(Lemmy c/nostupidquestions)スレッド「How did people manage to expose wartime atrocities during 1939-45 without the internet or social media?」より抜粋・要約して構成しています。

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