「苦しんで当然な人間はいるか」海外で議論
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「苦しむに値する人間は、助けられる資格もないのか」。海外の質問系掲示板Lemmyのコミュニティ「c/asklemmy」に投稿された問いに、哲学的な議論が交わされた。ある利用者は「苦しみを最小化するのが目標だから、誰も苦しむに値しない」と答え、別の利用者は「そもそも苦しむに値する人間がいるという前提自体が誤り」と反論した。一方で「意図的に重大な苦しみを与えた人間に対しても、本当に誰も苦しむに値しないと思うか」と問い返す声もあり、自由意志や応報的正義のあり方をめぐる議論に発展した。
苦しんで当然だとされる人間は、それでも助けられる価値があるのか?
>>15
俺の目標は苦しみを最小化することだから、答えはイエス。誰も苦しむに値しない。
個人的に痛い目にあわせたい相手がいないわけじゃないけど、それは良くないとわかっているし、本音を言えば、相手を傷つけずに、これ以上他人を傷つけさせないように止めたいだけなんだ。
俺の目標は苦しみを最小化することだから、答えはイエス。誰も苦しむに値しない。
個人的に痛い目にあわせたい相手がいないわけじゃないけど、それは良くないとわかっているし、本音を言えば、相手を傷つけずに、これ以上他人を傷つけさせないように止めたいだけなんだ。
その前提自体が、僕の見方では間違っている。「苦しむに値する人間がいる」という前提そのものが誤りだと思う。
>>15
権力を奪われて、これ以上苦しみを生まないように止められるべき人間はいる。でも、その人間に苦しみを返すこと自体に、何か生産的な意味があるのか?
権力を奪われて、これ以上苦しみを生まないように止められるべき人間はいる。でも、その人間に苦しみを返すこと自体に、何か生産的な意味があるのか?
>>3
本当に誰一人、苦しむに値しないと思ってるのか?他人に意図的に重大な苦しみを与えた人間でも?
本当に誰一人、苦しむに値しないと思ってるのか?他人に意図的に重大な苦しみを与えた人間でも?
そもそも、苦しむに値する人間なんているのか?
場合によるね。
>>4
俺の世界観は、人間には自由意志があり、自分の意識的な行動に責任を持つという前提に立っている。だから君とこれ以上議論する意味はあまりなさそうだけど、礼儀正しく返してくれてありがとう。
俺の世界観は、人間には自由意志があり、自分の意識的な行動に責任を持つという前提に立っている。だから君とこれ以上議論する意味はあまりなさそうだけど、礼儀正しく返してくれてありがとう。
個人的には、どちらでもないと思う。人は自分の行いの結果を受け取るものだし、誰も何かを『当然もらえる』わけじゃない。
>>5
宇宙的な正義、ってこと?
宇宙的な正義、ってこと?
この話題の背景と論点
この議論は、哲学でいう応報的正義(人は悪行相応の苦しみを受けるべきだという考え方)と、苦しみの総量を減らすことを重視する功利主義的な立場との対立をなぞっている。レスの中で分かれたのは、「苦しむに値する人間がいる」という前提そのものを認めるかどうかという点だ。前提を認めない側は、報復には苦しみを増やすだけで生産的な意味がないと主張し、認める側は自由意志と自己責任を根拠に、意図的な加害者には相応の結果があってよいと考えている。この対立は、人間に自由意志があるかどうかという、より根本的な哲学的立場の違いに根ざしている部分が大きい。なお元スレでは特定の政治指導者の名前を挙げる発言もあったが、議論が党派的な方向に流れるため本記事では割愛した。
※本記事は海外掲示板 Lemmy c/asklemmy のスレッド「Do people who deserve to suffer deserve to be helped?」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。
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