ローマ「共和政より帝政が人気」の理由に4chan史学民が反論相次ぐ
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海外の掲示板4chanの歴史板(/his/)で、「なぜ一般層やローマ愛好家の間では、共和政より帝政ローマの方が尊敬されているのか」という問いが立てられた。レスでは、共和政の時点ですでに広大な属州を征服し帝国主義的だったという指摘や、「帝国=強い」という発想はハリウッド映画や安っぽい歴史ドキュメンタリーが生んだ誤解だという意見が出た。議論は次第に各自の好きな時代の話に移り、混乱期として知られる3世紀の皇帝たちの評価にも及んだ。
>ガリア、ヒスパニア、カルタゴ、ギリシア/マグナ・グラエキア、小アジア、パレスチナみたいな属州は征服された
>野心的でずるい指導者たちが、他の地域に介入してローマの勢力圏に引き込もうとしていた
それはそう、帝政より帝国主義的だったかもな。
でも俺が「帝政」って言ってるのは制度の話。帝政には元首(プリンケプス)がいたけど、共和政にはいなかった
あの時期はローマが領土的な最大版図に達した時期で、金持ちの悪党どもが束ねただけの自治都市国家の集まり(事実上の国家)から、ちゃんとした法的な国家(デ・ユーレな国家)になったとも言える時期だ
歴史を分かってない人は「帝国=強い」と思い込んでる。たぶんハリウッドとか、あの馬鹿みたいな娯楽ドキュメンタリーのせいだろうな
>俺が一番好きなローマ史の時期は後期帝政(300〜600年)だな
後期帝政の問題は、それについて語るとキリスト教無神論者とLARPペイガン(にわか多神教徒)が騒ぎ出すことだ
ここに書かれてることはどうせ全部釣りだから気にするな。マヨリアヌスのスレ立てたら俺らも書き込むよ
あと国境線が防衛不可能だったからってのもある
確かに僭称者や自称皇帝は多かったけど、結局は数えるほどの指導者層しかいない。カラカラ、エラガバルス、セウェルス、マクシミヌス、ゴルディアヌス親子、フィリップスとその弟、デキウス、ウァレリアヌスとガリエヌス(これが重要)、クラウディウス・ゴティクス、アウレリアヌス、プロブス(タキトゥスはほぼ触れる価値なし)、カルス・カリヌス・ヌメリアヌス、そして最後にディオクレティアヌス
「帝国(エンパイア)」って言葉には「共和国」より荘厳さがあるよな
この話題の背景と論点
ローマ共和政は紀元前509年から前27年まで続き、この間にガリアやヒスパニア、ギリシア、小アジアなど地中海世界の大半を征服している。つまり領土拡大や軍事的な「帝国主義」自体は共和政の時代にすでに完成していた。いわゆる「帝政(Empire)」という言葉が指すのは領土の大きさではなく、アウグストゥス以降に導入された元首(プリンケプス)という統治制度の話であり、この区別が一般には伝わりにくい。スレで出た「帝国=強い」という思い込みがハリウッド映画由来だという指摘は、剣闘士や軍団の派手な描写が政治制度の話より目立ちやすいという一面を反映している。また話題に出た3世紀の危機(235〜284年)は皇帝が次々交代した混乱期として知られ、中でもガリエヌス帝は同時代の史料(ヒストリア・アウグスタ)で酷評されがちだが、近代の歴史家からは厳しい状況をうまく乗り切った人物として再評価される傾向がある。
※本記事は海外掲示板 4chan /his/ (History) のスレッド「Why is the Roman Empire so much more admired than the Republic by normies and some romaboo?」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。








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