「なぜエッジを入れた?」ギター映画の人選に海外で論争
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2008年の音楽ドキュメンタリー「It Might Get Loud」は、ジミー・ペイジ(レッド・ツェッペリン)、ジ・エッジ(U2)、ジャック・ホワイト(ホワイト・ストライプス)の3人を軸に、3世代のギタリストが音楽観を語る作品として作られた。海外掲示板4chanの音楽板/mu/では、この人選そのものに「なぜエッジなのか」と疑問を投げるスレが立ち、エッジの技巧をどう評価するかや、もし自分が選ぶなら誰を代わりに入れるかというif案で盛り上がった。
なんでジ・エッジを入れたんだ?
1970年代、1990年代、2000年代のギターヒーローって感じだな。マーク・ノップラーは呼ばれなかったのか
これ当時から見てて恥ずかしかったわ。エッジともう一人の白人はハマってなかった。ペイジだけで良かったのに100倍良くなってたと思う
この人は分かってる
「もう一人の白人」って言ってるやつ、あいつが監督なんだよ。お前らちゃんと見たのか?オープニングの最初の1分で説明されてるぞ
そもそもの趣旨は、3世代のギタリストを一緒にすることだったんだよ
これ作った時、プリンスはまだ存命だったのか?
2008年だよ。プリンスはギターの名手として見られたことは無くて、マルチ奏者という扱いだった
性差別的な映像だな
この映像、ロックの衰退ぶりを綺麗に表してるのが好きだわ
『アクトン・ベイビー』は音響的にオーガズミックだ
ホワイト・ストライプスはすごく面白いロックだよ
お前の基準まで落ちられたらいいのにな
過大評価されたハッタリ野郎。ギターの話で誰もこいつのことなんか考えない。終わった人だよ
あいつが評価されてたのは、みんなエフェクトペダルを知らなくて、本人がエコーを演奏してると思い込んでたからじゃなかったか?それが後から『革新的な機材を使ってたから凄い』って話にすり替えられてる気がする
18年前の映像だけど、今でもこいつのパートは飛ばして見てる
ジ・エッジは40年間ずっとエッジング(寸止め)し続けてる。本当に出す時が来たら地球上のすべての火山が噴火して世界が終わるらしい
彼はディレイを使ってなかった
スラッシュを呼べなかったんだろ
J・マシスを呼べなかったんだろ
J・マシスだったらエッジよりもっと合わなかったと思うぞ笑 あいつはニール・ヤングやカート・ヴァイルの系統で、ジミー・ペイジやジャック・ホワイトの系統じゃない
呼べたとは思うけど、あいつが映ると逆にエッジの方がカリスマに見えちゃうからな。あと他の3人と違ってレコードを売ったことが無い
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/mu/的に『It Might Get Loud』のメンバーを選ぶとしたら誰になる?ペイジは残すとして、エッジとホワイトの代わりは誰?
ペイジだって/mu/的には認められてないだろ。/mu/は音楽が嫌いなんだから
エッジをメガデスのマスタインに替えれば完璧
/mu/的に選ぶなら、マーク・リボー、灰野敬二、ジョン・フェイヒイだな
ジャック・ホワイトはこの頃まだ『南部のプランテーション所有者』みたいなキャラをやってた時期だな
俺はてっきり、全然違うスタイルとアプローチのギタリストを3人集める企画だと思ってた。ペイジはメロディック、エッジは機材を駆使するタイプ、ホワイトはもっと粗野な感じ。って言ってもこれ見たのすごい昔だから記憶怪しいけど
単純に退屈なアルバムだよ
ペイジの隣ならエディ・ヴァン・ヘイレンとコーガンの方が良かったと思う。そんな組み合わせなら8時間でも見るわ
エディ・ヴァン・ヘイレンとコーガン?じゃあモハメド・アリとバタービーンズも組ませるか?
この話題の背景と論点
「It Might Get Loud」は監督デイヴィス・グッゲンハイムが2008年に公開したドキュメンタリーで、ロック史の異なる時代を代表するギタリスト3人の対話とセッションを通じて、ギターという楽器そのものを描く構成になっている。スレで割れたのは、技巧派(ペイジ)、機材と音響処理で個性を作るタイプ(エッジ)、荒削りなガレージロック(ホワイト)という3人の「ギターの弾き方の違い」をどう評価するかという点。エッジについては、自動演奏に見えるディレイ奏法を技術不足と見る側と、それ自体が独自のスタイルと見る側で意見が分かれた。レス13が指摘するように、スレ冒頭で混同された「もう一人の白人」は出演者ではなく監督を指しており、作品を見ていない前提の早合点から議論が始まっている点は見落とされやすい。
※本記事は海外掲示板 4chan /mu/ (Music) のスレッド「Why did they include The Edge?」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。
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