「文学はキャラより思想が重要」海外掲示板で議論に
海外掲示板4chanの文学板(/lit/)で、「なぜ現代の文学作品はキャラクターや心理描写ばかり重視するのか」という投稿がきっかけとなり、プロットや思想の価値をめぐる議論が広がった。
投稿者はレールモントフの『現代の英雄』を引き合いに「強い精神は思想を語り、弱い精神は人間を語る」と主張したが、これに対してドストエフスキーやトールキン、メルヴィル、ピンチョンなどの作品名を挙げて反論するレスが相次いだ。
文学はなぜやたら「キャラクター」だの「心理」だの「性格」だの「感情」だのにこだわるんだ?それの何がプロット(筋書き)より優れてるんだよ。むしろ格下げだろ。俺は『現代の英雄』を読んで文学作品にハマり始めたばかりなんだが。
強い精神は思想を語り、平凡な精神は出来事を語り、弱い精神は人間を語る。
強い精神は思想を語り、平凡な精神は出来事を語り、弱い精神は人間を語る。
文学ってのは大体『言葉こそが全て』と信じてるワードセル(言語得意系)が書いて読んでるものなんだよ。例えば地質学に本気で興味を持つ人間がいるなんて、彼らには理解できない。人間の話じゃないから、彼らにとっては『現実』じゃないのさ。
>>2 じゃあ地質学の本でも読んでろよ。フィクションはやめとけ。SF信者は一体何が問題なんだ?
>>2 お前は本を読んでない
>>5 /スレ終了
>>5 /スレ終了
>>1 プロットなんてただの昼ドラみたいなもんだろ
>>1 思想が欲しいなら数学の論文でも読め。フィクションは『存在』を描くものだ。もっとも、お前には根本的に理解できないことだろうけどな。
>>3 そもそもフィクションを読むのに、なぜ人間やその経験に共感する必要があるんだ?
>>10 惑星クエドルフェジェイ出身の『クウクセド』って奴が主人公の本、どれだけ楽しめると思う?そいつの好きな活動は『スフドイフクスク』『レウジェルム』『エフォイジョジムヴ』『ムクセジョジェ』――ちなみにこれらが何なのか一切説明はなく、当然のように出てくるだけなんだが。
>>1 『思想』を賞賛する奴に限って、実は一番くだらない思想を持ってるもんだ。逆に思想を語らない奴の方がまともな考えを持ってる。お前はレールモントフをこき下ろしてアシモフを引き合いに出してるが、自分の姿を鏡で見てから隔離スレに帰れ。
>>7 『指輪物語』の魅力の大部分は、キャラクターと同じくらい自然環境を描いたフィクションだという点にあると思う
>>3 一次元的なキャラクターの優れた冒険小説はたくさんある。そういう場合のキャラクターは、読者が自分を投影して冒険を体験するための『分身』にすぎない
>>22 つまり、冒険小説の読者が一次元的なキャラクターに共感できるのは、読者自身も一次元的な人間だからだと言いたいのか?
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>>1 プロットの型なんて7種類しかない。それ以外の要素――キャラクターや心理描写――こそが、それぞれの物語を違うものにしているんだ
>>23 俺が言いたいのは、価値があるのはプロットじゃなくて思想だってことだ。ただ、キャラクターはプロットよりさらに価値が低い。プロットは思想を運ぶ乗り物にはなり得るけどな
>>1 その記事の全文を貼ってくれ。アシモフのノンフィクションは大好きなんだ
>>20 『IQが高い人間にはこういうタイプが多い』というのは同意できるが、今話してるのはテックと心理学の話だぞ
>>28 『アイデアは良いがキャラクターはクソ』ってのは、いかにもSFらしいな
※本記事は海外掲示板 4chan /lit/ (Literature) のスレッド「Why is literary fiction obsessed with muh character, muh psychology, muh personality, muh emotion etc? How is this any b」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。
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