【海外の反応】イエスの実弟ヤコブが新約聖書で軽視される理由
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海外の掲示板4chanの史学板「/his/」で、イエスの実弟とされるヤコブ(義人)についてのスレが伸びた。ヤコブはエルサレム教会の指導者で、ユダヤの歴史家ヨセフスも彼について触れ、その死を不当な処刑だったと記しているが、新約聖書内での扱いは薄い。きっかけは「使徒言行録の著者ルカは一度もヤコブを『イエスの兄弟』と明記していない」という指摘で、それが意図的な省略なのか単なる前提知識の違いなのかを巡ってレスが分かれた。
普通に、彼が書いた新約聖書の書簡があるじゃないか
>>2
でも印象的な場面を全部持っていくのはペトロで、新約聖書を支配しているのはパウロだ。ヤコブは書簡を一つ書いただけで、それもプロテスタントにはあまり好かれていない
でも印象的な場面を全部持っていくのはペトロで、新約聖書を支配しているのはパウロだ。ヤコブは書簡を一つ書いただけで、それもプロテスタントにはあまり好かれていない
>>1
気になるのは、ヨハネはパウロに一度しか言及されていないのに、どこかの時点でヤコブより明らかに目立つ人物になっていることだ
気になるのは、ヨハネはパウロに一度しか言及されていないのに、どこかの時点でヤコブより明らかに目立つ人物になっていることだ
>>3
ヤコブはエルサレム会議も主宰している
「プロテスタントにはあまり好かれていない」というのは完全に妄想のトラッド・カトリック系ミームだ
ヤコブはエルサレム会議も主宰している
「プロテスタントにはあまり好かれていない」というのは完全に妄想のトラッド・カトリック系ミームだ
>>5
それでも使徒言行録の作者は、ヤコブがイエスの兄弟だと一度も書いていない。なぜだと思う?
それでも使徒言行録の作者は、ヤコブがイエスの兄弟だと一度も書いていない。なぜだと思う?
>>7
使徒言行録はキリストの使徒たちを貶めて、どこかのパリサイ人が教団を乗っ取ろうとしたことを正当化するために書かれたからだ
使徒言行録はキリストの使徒たちを貶めて、どこかのパリサイ人が教団を乗っ取ろうとしたことを正当化するために書かれたからだ
>>7
ルカは読者が福音書の内容をすでに知っている前提で書いているからだ
ルカは読者が福音書の内容をすでに知っている前提で書いているからだ
>>1
「この人物に惹かれるのは自分だけか?」
イスラム教徒的に言わせてもらえば、パウロよりヤコブを重視しないなら本物のキリスト教徒とは言えないぞ
「この人物に惹かれるのは自分だけか?」
イスラム教徒的に言わせてもらえば、パウロよりヤコブを重視しないなら本物のキリスト教徒とは言えないぞ
>>6
それは自分にとっては都合が悪いな
それは自分にとっては都合が悪いな
>>9
ルカもヤコブがイエスの兄弟だとは書いていない。ルカ福音書と使徒言行録だけ読んだら、ヤコブが出てきた時にただの通行人だと思うだろう
ルカもヤコブがイエスの兄弟だとは書いていない。ルカ福音書と使徒言行録だけ読んだら、ヤコブが出てきた時にただの通行人だと思うだろう
>>10 >>11
ルカは自分の福音書だけを読者が知っている前提には立っていない。実際、冒頭でいきなり他の福音書や口伝の目撃証言について言及している
ルカは自分の福音書だけを読者が知っている前提には立っていない。実際、冒頭でいきなり他の福音書や口伝の目撃証言について言及している
>>10
「ただの通行人だと思うだろう」
あるいは、殉教しなかった方のもう一人のヤコブだと思うかもしれない(ヤコブという名の弟子は二人いた)
「ただの通行人だと思うだろう」
あるいは、殉教しなかった方のもう一人のヤコブだと思うかもしれない(ヤコブという名の弟子は二人いた)
>>8 >>9
「ルカは福音書でも使徒言行録でも、ヤコブを指して『イエスの兄弟』という表現を一度も明示的に使っていない」
「ルカは、マタイ13:55やマルコ6:3にある、ナザレでの反発の場面でイエスの兄弟(ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモン)の名を挙げる記述を省いている」
おっと、これは…
「ルカは福音書でも使徒言行録でも、ヤコブを指して『イエスの兄弟』という表現を一度も明示的に使っていない」
「ルカは、マタイ13:55やマルコ6:3にある、ナザレでの反発の場面でイエスの兄弟(ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモン)の名を挙げる記述を省いている」
おっと、これは…
>>11
ルカは、弟子たちが実は愚かで間違っていたことを説明する別の書(使徒言行録)も書いている
ルカは、弟子たちが実は愚かで間違っていたことを説明する別の書(使徒言行録)も書いている
>>13
それを省くのはかなり重大なことだぞ
それを省くのはかなり重大なことだぞ
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>>13
「ルカは自分の福音書だけを読者が知っている前提には立っていない」
ルカはキリスト教を紹介するための本を書いたんだから、読者が詳しいことを知らない前提のはずだ
「ルカは自分の福音書だけを読者が知っている前提には立っていない」
ルカはキリスト教を紹介するための本を書いたんだから、読者が詳しいことを知らない前提のはずだ
>>15
ルカ福音書の1章と2章は後から追加されたものだ
ルカ福音書の1章と2章は後から追加されたものだ
>>19
おそらくそうだろうな。ルカ福音書に関する学術研究は『めちゃくちゃだ』と嘆いている
おそらくそうだろうな。ルカ福音書に関する学術研究は『めちゃくちゃだ』と嘆いている
この話題の背景と論点
ヤコブ(義人)はエルサレム教会の初代指導者とされる人物で、ユダヤの歴史家ヨセフスも『古代誌』の中で彼の処刑を不当な出来事として記録し、それが大祭司アナヌスの失脚につながったとされる。スレでは、使徒言行録の著者ルカが一度も「イエスの兄弟」と明記しない点が議論の焦点になったが、新約聖書学では新約の「ヤコブの手紙」の著者がこの人物と同一かどうか自体にも異論があり、スレ内では触れられていない。背景には、イエスの「兄弟」という表現がマリアの処女性信仰と絡み、後代のカトリックとプロテスタントの立場の違いに発展した経緯があり、論争の根はそこにある。
※本記事は海外掲示板 4chan /his/ (History) のスレッド「James the Just」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。
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