「ギリシャ悲劇は俗悪(キッチュ)」海外掲示板で美学論争に
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「グリーンバーグの理論を真に受けるなら、ギリシャ悲劇のほとんどは究極に凡庸なキッチュ(俗悪な作品)だったことになる」——海外掲示板4chanの文学板/lit/に投げ込まれたこの一文が、美学を巡る論争を呼んだ。アメリカの美術批評家クレメント・グリーンバーグは1939年の論文で、型どおりの筋立てで感情に訴える大衆向け作品を「キッチュ」と呼び、鍛えられた審美眼を要する「真の芸術」と区別した。この投稿者は「その基準をそのまま当てはめればギリシャ悲劇もキッチュになる」と皮肉交じりに提起し、スレでは「では現代アートより優れているのはなぜか」「善悪を分ける基準自体が循環論法では」といった反論が飛び交い、住人の多くがグリーンバーグを知らないという展開にもなった。
どんな論理だって突き詰めれば循環してるものだよ。認識論でも言語哲学でも数学の論理学でも、ちょっとかじってみればわかる。
「大きくて立派な循環もある」か。名答だね、よくやった。
なるほど、何もかも堂々巡りで、良し悪しを分ける基準なんて他に無いと本気で思ってるなら、もう好きにすればいい。お前とはまともな議論が成立しないみたいだから、自分で作った地獄で楽しくやってくれ。
そこがまさに言いたいことなんだ。ギリシャ悲劇は今の一番俗悪な現代アートよりもよほど紋切り型で、感傷的で、型通りだよ。
なのに現代アートのどの作品よりも優れている。不思議じゃないか?
現代アートって、抽象絵画とか、キャンバスに経血塗りたくるようなアレのこと? 興味深い発言だな。
確かにそうかもしれない。でも言いたいのは、ギリシャ悲劇はグリーンバーグ以降の意味での『キッチュ』の特徴を全部満たしているということだ。皮肉なのは、これを本人に指摘したら間違いなく激怒するだろうということ。
>>15
いや、現代アートというのは近代以降に作られた芸術のことだよ。
グリーンバーグなんて誰も知らないよ。
ああ、すまん。/lit/にはあまり本を読まない人や美術用語に詳しくない人が多いってこと、忘れてたよ。
お前グリーンバーグ本人か? なんで誰もお前の本を読まないんだ?
グリーンバーグは(ありがたいことに)もう死んでいるし、(願わくば)地獄に落ちていてほしいね。
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でも実際にギリシャ悲劇を読んだことあるのか? めちゃくちゃ退屈だぞ。
あるよ。それで、『退屈である』ことはキッチュ判定を覆す理由になるのか?
俺がルールを決めてるわけじゃない。キリスト教徒は、地獄で燃えながら瞑想するより、天国の永遠の快楽装置の方を選ぶってだけの話さ。
まあ、お前だってそっちを選ぶだろ?
ついでに言っておくと、俺は『キッチュ』という概念そのものを肯定しているわけじゃない。むしろ帰謬法(背理法)でそれを批判しているんだ。キッチュを論じた例のあの有名な論文を真に受けるなら、ギリシャ悲劇もキッチュになってしまう、という話だよ。
この話題の背景と論点
クレメント・グリーンバーグは1939年の評論「アヴァンギャルドとキッチュ」で近代美術批評に大きな影響を与えた批評家で、抽象表現主義の擁護者としても知られる。彼の言う「キッチュ」とは、型どおりの筋立てで安易に感情に訴える大衆向けの作品を指し、鍛えられた審美眼を要する「真の芸術」と対置される概念だった。スレで論点になったのは、この基準を字義通りに当てはめると、傲慢・転落・カタルシスという定型を繰り返すギリシャ悲劇までキッチュに分類されてしまうという逆説と、そもそも良し悪しを分ける境界線自体が恣意的で循環論法ではないかという批評理論への懐疑だった。なお/lit/の住人の多くはグリーンバーグ自体になじみが薄く、議論の途中で「誰も知らない」というレスも出ており、専門用語を巡る温度差もこのスレの面白さの一つになっている。
※本記事は海外掲示板 4chan /lit/ (Literature) のスレッド「Virtually all of the greek tragedies were, if we take Greenberg seriously, kitsch of the highest mundane magnitude.」から抜粋し、編集部で日本語に意訳したものです。訳文の責任は当サイトにあります。







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